Column 「憲法」という言葉

 ところで、すべての憲法のテキストには、どういうわけか、実質的意義の憲法、形式的意義の憲法、近代的意義の憲法、固有の意義の憲法について、それぞれの意味やその区別が冒頭に出てくる。一番はじめにこんな抽象的なことがでてきたら、それだけで憲法を勉強したくなくなるが、そもそもなぜこんなことを議論するのだろうか?

@ 固有の意義の憲法と近代的意義の憲法

 固有の意義の憲法とは、「国家の基本的な組織・作用を定める法規範一般」とさす。そして、近代的意義の憲法とは、「固有の意義の憲法」のうち、近代立憲主義の精神に立脚しているものをいう。  今の時点から、これらの観念を用いて整理すれば、古代・中世にも憲法(固有の意義のそれ)があったことになり、近代市民革命以降の憲法をとりわけ、近代的意義の憲法と呼ぶことになるが、そもそも、古代・中世の頃には、憲法なんて考えなかった。近代になってはじめて憲法という観念がでてきたのだから、近代的意義の憲法が普通の憲法のことではないのだろうか。  しかし、日本の憲法学に大きな影響を与えたドイツの憲法学は、近代立憲主義に立脚していないドイツ憲法をも憲法として承認するための概念設定を試みた。その影響がいまでも残っている。であるから、この講義では、立憲主義に立脚する憲法こそが、憲法であり、「憲法」という名前がついていても、そうでないものは憲法とは言えないという立場をとる。

A 形式的意義の憲法と実質的意義の憲法

 形式的意義の憲法とは、憲法という名前の「憲法典」をさす。それに対して、実質的意義の憲法とは、「憲法という名前の有無かかわらず、国家の根本的な組織・作用を定める法規範一般」をさす。後者は、結局、固有の意義の憲法と同じになることに注意されたい。  憲法という名前の「憲法典」だけを対象にしていると、憲法的な内容が他に書いてある場合に、困ってしまう。たとえば、ドイツのボン基本法やイギリスの憲法に匹敵する議会制定法などがある。しかしながら、この両者の区別は、憲法概念の形式化と政治化という、形は違うが、憲法典の空洞化を招きかねないという問題点を含んでいたとの指摘がある。

(5) 憲法の種類

 憲法は、次にあげるようないろいろな基準によって、分類される。これらはきわめて形式的な分類基準であり、このような分類がそれほど意味を持つかについては議論があるところであるが、基礎知識として、頭の片隅でも留めておいてもらいたい。

@ 法形式による分類

 成文憲法とは、「成文化され、法典の形式をもっているもの」をいう。それに対して、不文憲法とは、「国家の基本的な組織・作用に関する規定が、成文化されておらず、慣習や判例の蓄積という形で存在するもの」をいう。

A 制定手続・制定者による分類

 欽定憲法とは、「君主が制定し、君主から臣民に恩恵として付与されるという手続で制定されたもの」をいう。民定憲法とは、「国民が選出する議会または特別の憲法制定議会によって制定されたという手続をとったもの」をいう。協約憲法とは、欽定憲法と民定憲法の中間的なもので、君主国において、君主のみの意思によるのではなく、国民の同意を得た上で制定されたという手続をとったものをいう。連邦憲法とは、国家が連邦を形成するにあたって、その諸国家の合意によって制定されるという手続をとったものをいう。

B 改正手続による分類

 硬性憲法とは、通常の法律改正よりも厳重な手続を必要とするものをいう。これに対して、軟性憲法とは、通常の法律改正と同じ手続しか必要としないものをいう。  この分類は、あくまでも形式的な分類であって、実質的な分類ではない。たとえば、日本国憲法はいまだ改正されていないから硬性憲法であるとされるのではなく、憲法96条の改正手続が憲法59条の定める通常の法律の改正手続よりも形式的に困難であるので、硬性憲法に分類されるのである。